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四季折々に思うこと Ⅱ-13

踏花舎 倉橋みどり

桜井市に、聖林寺というお寺がある。ご本尊の大きな石のお地蔵様もふくよかな表情がすばらしいが、明治時代以降多くの人を魅了してきた十一面観音様(国宝)がおられることで有名だ。
天平時代後期の木心乾漆像で、いまなお全身に金が鈍く残っている。十頭身といってもよいほどのすらりとしたお姿、腰のあたりのくびれ。なによりも、深い笑みをかすかに漂わせるお顔。いつまでもその前を立ち去り難い魅力がある。かつてフェノロサが、そして、後には作家・白洲正子がこの観音像に魅了された。奈良を代表する美仏の筆頭である。

この十一面観音は、もとは大神神社の神宮寺であった大御輪寺のご本尊であったが、明治の神仏分離令の影響で、聖林寺へと移された。「路傍にうち捨てられてあった」という話を思い出す方もあるだろうが、この観音像の、お姿の美しさと、傷みの少なさを見れば、お寺からお寺へ、大切に譲り渡されたものだということがよくわかる。

「南天」 イラスト・榎森彰子

いま、十一面観音様がおられるお堂は、昭和34(1959)年に我が国初の、コンクリートによる国宝収蔵庫だ。当時は地震への対策はほとんど考えておられず、なによりも老朽化が進んでいるという。

先日、境内の南天の実が色づき始めたころ、夜間参拝をさせていただいた。しんと冷えこむ夜のお堂で、観音様の表情はどこか愁いを帯びているように見えた。新収蔵庫の大仕事を決断された倉本明佳ご住職を、微力ながら応援したいと思っている。



実南天空映し風映しをり   みどり





倉橋みどり

奈良に暮らし、奈良をこよなく愛するフリー編集者・文筆家。著書に『奈良の朝歩き、宵遊び』など。奈良の歴史・文化を編集発信するNPO法人文化創造アルカ理事長。武庫川女子大学非常勤講師。奈良女子大学なら学研究センター協力研究員。俳歴33年の俳人でもあり、NHK文化センターほかの講師、俳人協会幹事を務める。