四季折々に思うこと Ⅱ-17
踏花舎 倉橋みどり

奈良県内で紫陽花の美しい寺といえば、
矢田寺(金剛山寺)。
60種類1万本もの紫陽花が次々に咲き誇り、
大勢の人で賑わう。
この寺の創建は飛鳥時代。
天武天皇が開いた当初のご本尊は、
十一面観音と吉祥天だったが、
平安時代初めに地蔵菩薩に変わり、現在に至る。
ご本尊様が変わった理由とされる
言い伝えの舞台は地獄だ。
閻魔大王は、世の中が苦しみで満ちあふれていることに
心を痛めていた。
ついに僧侶のように受戒をすることに。
当時の高官で、昼はこの世、夜はあの世で働いていた小野篁に相談をしたところ、
せっかくなら当代一の僧侶に戒を授けてもらうようにと助言される。
そこで、白羽の矢が立ったのが大和国矢田寺の住職・満慶上人。
地獄に招き、菩薩戒を受けることができた。
閻魔大王は、お礼にと地獄を案内する。
このとき、上人は、煮えたぎる鉄釜に落ちてゆく罪人たちを、
僧侶の姿をした地蔵菩薩が助け上げているのを見た。
この世に戻った上人は、そのときの地蔵菩薩の姿を刻み、ご本尊としたという。
帰り際に閻魔大王がお土産にと持たせてくれた小箱は、お米がいっぱい入っていて、
食べても食べてもなくなることがなかったことから、満慶上人は満米上人と呼ばれるようになったそうだ。
なんともユニークな言い伝えである。
梅雨晴間地獄の絵図に湿りをり みどり

倉橋みどり
奈良に暮らし、奈良をこよなく愛するフリー編集者・文筆家。著書に『奈良の朝歩き、宵遊び』など。奈良の歴史・文化を編集発信するNPO法人文化創造アルカ理事長。武庫川女子大学非常勤講師。奈良女子大学なら学研究センター協力研究員。俳歴33年の俳人でもあり、NHK文化センターほかの講師、俳人協会幹事を務める。