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四季折々に思うこと Ⅱ-30

踏花舎 倉橋みどり

「さくらさん」 イラスト・榎森彰子

立原正秋著『花のいのち』を読んだ。
昭和41年~翌年に「婦人生活」に連載された。
鎌倉に暮らすヒロインが夫の不貞を知り、離婚。
その後、美術史家の綾部と出会い、再婚するが……というロマンスである。

手に取った理由は、ふたりが奈良を旅する場面が多いと知ったからだ。
奈良ホテルに泊まり、當麻寺中之坊、中宮寺、秋篠寺…を訪れ、ラストでは薬師寺で決定的な事件が起こることになる。

私が生まれたころの奈良が活写され、食べ物に関する記述も面白い。
私と同意見でうれしくなったのは、慈光院の精進料理について「奈良でいちばんうまいものは、さっきの精進料理だ」と褒めていること。
ここの精進料理は今も本当においしい。

もうお目にかからなくなった料理もある。
高円山ホテルの「がらんぽ鍋」がそれである。

「スープに榧(かや)の実の油を落として香味をだし、そのなかに、肉、鶏の肝、白身の魚、季節の野菜を入れながら煮る」
と書かれている。

どうも南都七大寺にも数えられた大安寺に伝わる精進料理「伽藍坊鍋」がもとになっているようで、もういまはない高円山ホテルがお寺に許しを得て提供していたという。
作中で「しかし、味が保証しないよ。どうやら食べられる、とさっき言った通りだ」とあるのは気になるが、一度食べてみたい。

風薫る疫病退散の太き字に     みどり


            

倉橋みどり

奈良に暮らし、奈良をこよなく愛するフリー編集者・文筆家。著書に『奈良の朝歩き、宵遊び』など。奈良の歴史・文化を編集発信するNPO法人文化創造アルカ理事長。武庫川女子大学非常勤講師。奈良女子大学なら学研究センター協力研究員。俳歴33年の俳人でもあり、NHK文化センターほかの講師、俳人協会幹事を務める。