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四季折々に思うこと Ⅱ-24

踏花舎 倉橋みどり

「雪椿」 イラスト・榎森彰子

わが背子とふたり見ませばいくばくか
この降る雪のうれしからまし(巻八・一六五八)

『万葉集』の中で一番好きな歌だ。作者は光明皇后。
夫である聖武天皇を思って詠んだという前書きもついている。
「愛しいあなたとふたりで見るなら、この降る雪ももっとうれしかったでしょうに……」
という意味だ。
最初にこの歌を知ったのは20年ほど前。
皇后というよりも、ひとりの女性のつぶやきのようで、ほほえましく感じた。

古代の雪とは、その年の豊作を予言する吉兆であったと知ると、国のトップに立つ天皇を支え続けた彼女ならではの歌だという思いが加わり、さらに好きになった。

この歌の歌碑は東大寺大仏殿のすぐ脇にある。
ちょうど大仏殿から出て、正倉院へと向かう道にさしかかるあたりだ。
光明皇后が聖武天皇とともに、心血を注いで大仏様と大仏殿を完成させたこと、夫の死後、彼女が、遺愛の品を東大寺へと奉納したことによって、今日まで守り伝えられてきた正倉院宝物の数々。
歌碑の揮毫は、画家・小倉遊亀だ。大らかな書が、光明皇后のイメージによく似合うと思う。
ほとんど足を止める人もいない歌碑だが、雪がちらつく日には、ふと見に行きたくなったりする。

口下手の夫〈つま〉の右側雪催      みどり


            

倉橋みどり

奈良に暮らし、奈良をこよなく愛するフリー編集者・文筆家。著書に『奈良の朝歩き、宵遊び』など。奈良の歴史・文化を編集発信するNPO法人文化創造アルカ理事長。武庫川女子大学非常勤講師。奈良女子大学なら学研究センター協力研究員。俳歴33年の俳人でもあり、NHK文化センターほかの講師、俳人協会幹事を務める。