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第7回 今の道を歩ませた絵巻物

デジタル復元師 小林泰三

©小林美術科学  (図1)

「地獄草紙」は、平安時代末期につくられた絵巻物で、その名の通り地獄の様子が描かれている絵巻物である。
絵の前に詞書があって、「また別所あり、名をば……」というお決まりのフレーズで始まる。
その内容は、いわば「目には目を、歯には歯を」の世界。
人間のときに犯した罪を、地獄では同じような罰として受けるのである。

この絵巻物は、見るからに恐ろしい。
表面がしわだらけで色が剥落し、何が描かれているかが非常に分かりにくい。
そこがなんともおどろおどろしく、目を凝らしてみると、まるで霧の中から陰惨な世界が立ち現れるようで、
ぞぞぞ、と背筋が凍る想いをする。(図1)

しかし、デジタル復元でシワの一本一本をとりのぞいていき、剥落した色を当時の鮮烈な色で塗っていくと、
ひそやかな雰囲気がなくなり、レンズのピントがばっちりと合ってしまった、というような画面が現れた。
(図2)

(図2)

残念なことに、幽霊が出てきそうな、精神的に迫りくる恐ろしさがすっかりと陰をひそめ、
全く怖くなくなってしまったのである。
陰惨な世界で薄気味悪い笑みを浮かべていた獄卒という鬼のような者たちが、実は大爆笑していた。
それは何か、アニメのキャラクターを見ているようで、ユーモラスでさえある。

そんなはずはない。当時の人々は、怖いと思っていたはずなのだ。
となると、見るこちらが工夫をしていたに違いない。
なにも、日中の明るい日差しの中で楽しい会話をしながら、地獄絵図を見るはずがないのだ。
そこで、夜になってすっかりと暗くなったとき、ロウソク一本の光の中で、再びデジタル復元をした
「地獄草紙」をするすると開いてみた。(図3)

(図3)

墨で塗られた背景は、現実の闇へと溶け出して、境目が見えなくなっている。
そこから立ち現れるはずの色世界も、全てが赤く染まり、緑色の獄卒は黒っぽくなって、
白目だけが光っていた。これだ、と思った。
かすかな表現のままだと、深い闇に勝てない。闇に負けないための強い色だったのだ。

この経験で、日本美術は当時の状態で鑑賞しないと何ひとつ分からない、と痛感した。
それが今に至って「賞道」という形に整ったのである。

小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。