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第26回 日本人のアレンジ能力

デジタル復元師 小林泰三


キトラ古墳と高松塚古墳は、兄弟古墳と言われている。
互いの場所が近く、描かれた内容と描写が似ているため、同じ工房が手掛けたとも言われており、発見されたのは高松塚古墳が先だったのだが、奈良時代直前の飛鳥時代にキトラ古墳の方が先に制作され、その後に同じ工房によって高松塚古墳がつくられたとまで推測されている。

その制作順序に異論をはさむ研究者はほとんどいない。理由はいくつかある。
まずは、表現の簡素化が進んでいる点が挙げられる。
どちらの天井にも「星宿図」という、古代中国の星座が描かれているのだが、キトラ古墳の天井には、小さな丸い金箔で表現された星が、実際の天体に似たようなリアルな配置で構成されている。
ところが高松塚古墳では、北極星周りの星々と二十八の星座だけが抜き出され、正方形にすっりとデザインされているのである。


星縮図


同じ傾向は白虎にも見られる。
見た目だけでもキトラ古墳の方が、トラの模様の描きこみが細かいのがわかる(向きは実際も逆になっている)。
詳しく見てみると更にわかる。例えば足先の表現。
キトラ古墳の白虎は指と爪の表現が実に細やかで、恐らく朝鮮半島から伝わった伝統的な表現を忠実に再現している様子がうかがえる(日本に帰化した朝鮮人の職人によるとも考えられる)。
一方、高松塚古墳はどうだろう。指先の細やかさはなくなり、単純に指先に爪がついているだけになり簡素化されている。
しかも、伝統的な表現から逸脱して、爪はマニキュアのように赤く塗られている。
つまりは、アレンジが加えられているのだ。
このアレンジが、キトラが先で高松塚が後という制作順序を裏付ける根拠の二番目である。
元がなければアレンジが加えられない。だから、アレンジを加えて爪を赤くした高松塚古墳の方が後になる、と考えられる。



もっと視線を広げて、古墳壁画全体を見比べてみると、さらなる大きなアレンジがあることが見えてくる。
キトラ古墳には、宇宙やその規則性からくる暦に関することしか描かれていない。
天井に紹介した星宿図、側壁の中央に四神、その下に十二支、これらはすべて宇宙や暦に関係している内容ばかり。
天の統治者は北極星であり、地の統治者は墓に眠る人である、というメッセージを意味していて、その表現は大陸から朝鮮半島を伝わってきた由緒正しい表現である。 

対する高松塚古墳には、天井に星宿図、側壁の四神までは同じだか、別テーマとなる実に大胆なアレンジが加えられている。
それが有名な「飛鳥美人」に代表される人間の群像図である。
人間たちが何をしているか、には諸説があるのでここでは避けるが、とにかく人間の故人を弔う心情を画面に残すという、大陸から伝わった正当な表現から離れた表現を加えるという大胆なアレンジ力には舌を巻く。



日本人が、いかに受け継がれたものをそのままにせず、新しく手を加え自分のものにしていったか。
その姿勢は、今も試されている。






  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。