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第24回 桃山の息吹 2

デジタル復元師 小林泰三

檜図 ©小林美術科学

先月は、桃山刺繍を通して、その意匠を見ながら、「いい意味でおおらか、悪い意味でいい加減」という当時の時代の雰囲気についてお話しした。これは着物の刺繍という狭い範囲の話ではない。
例えばいつかお話しした狩野永徳の「檜図」。この豪放磊落な筆の表現は、当時の武将の気風に合致し、大いにもてはやされ、いわばヒットしたのであるが、裏を返せば、勢いに任せてどんどん描けば、量産できるということになる。

桃山時代、織田信長や豊臣秀吉は、次々と大きな屋敷を建て、その度に狩野派の絵師たちは、「豪放磊落という名の手抜き的スキル」を駆使して、障壁画の大量生産を実現させ、その難題を乗り越えてきた。もちろん、障壁画にも精緻な表現はたくさんあるが、どれも分業したり、システム化して、そういう表現でもスピードアップが図られた。
そして、見る者を圧倒するこの自由奔放な表現。それは見方によれば手抜きとも言える代物なのであるが、それを手抜きということにはせず、時の覇権者たちは喜んで受け入れた。

この、受け入れる雰囲気というものが、「おおらか」に通じるのである。
つまり、表現する者も「おおらか」であるのと同時に、発注する方も、見た目よければよい、という「おおらか」な懐の深さがあった。これはもう、時代の空気としか言いようがない。
ちょっとでも気に入らなければ首を切る、という場面を時代劇でよく見るが、それだけではない一面を、私は、美術品の中に読むのである。

高台寺蒔絵 ©小林美術科学

この時代の空気は、漆芸の世界にも現れる。蒔絵といえば、主に黒い漆を何度も塗って乾かした地に、さらに生の漆で模様などを描き、それがまだ乾かないうちに金や銀の粉を蒔いて、固まってから余計な粉を払うことで、黒地に金銀の模様を浮かび上がらせるという、非常に手間のかかった工芸技術である。

桃山時代にあみだされた「高台寺蒔絵」は、普通では蒔いた後に全体に漆をかけ、全体を磨くのに対し、蒔いた模様の部分だけに漆をかけ、そこだけを磨くように効率化を図っている。ここでもスピードアップなのである。
ちなみに、高台寺は秀吉の正室・北政所が、秀吉の菩提を弔うために建てた寺で、その廟をこの高台寺蒔絵で装飾している。
まさに、時代とその空気をまとっている遺産と言えるだろう。

緻密で丁寧で時間がかかっていると思われる日本の工芸にも、このようなユニクロ、イケア的な工場生産性の一端を垣間見ることができる。私たちは、桃山時代に、現代に通じる合理性が、リーダーにも職人たちにも生まれていたことを知るのである。



  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。