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第23回 桃山の息吹 1

デジタル復元師 小林泰三

東京国立博物館で「桃山―天下人の100年」展が11月29日まで行われている。
東京出張があったので、ふらりと寄っておこう、と思ったが、それが叶わなかった。
コロナ禍のもと、完全予約制になっていたのである。
“ふらり”と言ってしまったが、本心は是が非でも見ておきたいという気持ちが強かったので、この状況にはため息をついてしまう。
もちろん、計画性のあるしっかりした人にとっては、今までは混雑で作品にすら近づけない状況から解放され、ゆったりと空間をもって鑑賞できる、好ましいシステムかもしれないが。

私の手掛ける作品は、飛鳥時代の高松塚古墳から昭和の白黒写真のカラー化まで、実に幅広いが、なぜか、桃山時代の作品が少なくない。
全作品が30点くらいしかない私のデジタル復元アートなので、その中での4点が、短い桃山時代に関する作品、というのでも「少なくない」と言っていい。

まず紹介したいのは「藤文様刺繍小袖」。これは、第6回「色めきばなし」でご紹介した「花下遊楽図屏風」に登場する淀殿の着ている打掛を実際の着物に復元したものである。
藤文様は、本物の桃山刺繍(のポジ写真)をスキャニングし、画像処理で糸のほつれや色彩を整えて、絹にプリントアウトし、さらに本物の刺繍を京都の刺繍職人にお願いして、上からトレースするように刺繍を施し、改めて仕立てて着物の形にした。

桃山刺繍は、裏がすかすかになる。
例えば裏の右から刺した糸は、表でそのまま左に刺し裏から糸を引っ張る。
すると表には漢字の「一」のような模様ができる。
普通であれば、裏に出た糸は、再び右の裏へ向かい、最初に刺した右のすぐ下に刺して、表に出る。そこでは裏でも「一」ができる。

しかし、桃山刺繍は、裏で再び右に向かうのではなく、裏から糸が出ている左のすぐ下に刺して表に糸を出してしまうのである。
つまり、ごく短い縦の線「-」が裏にできることになる。
これを繰り返すと、図のようになるが、表から見ると糸と糸に隙間が空き、「ざっくり」とした刺繍に仕上がる。

これを実際に手掛けた職人は、普段は繊細に緻密な刺繍をするので、「こんな刺繍は今では却ってできません」と言っていた。

いい意味で「おおらか」、悪い意味で「いい加減」。
これが実は桃山時代の空気である。
この時代の空気を、次回はまた別の角度から紹介したい。







  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。