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第22回 大きな教科書

デジタル復元師 小林泰三

榮山寺八角堂(国宝)
八角堂内部













いつも気にしているお堂がある。奈良県五條市にある国宝、榮山寺八角堂である。
2006年、NHKスペシャル「東大寺 よみがえる仏の大宇宙」のために取材に行ったのが初めての出会いだ。
もうそんなに前になるのか、と驚くと同時に反省の念が湧き上がる。

番組では、東大寺大仏殿建築当初の様子を復元する中で、この堂内に残された装飾画が参考にされた。
本尊を取り囲む4本の柱や梁、格子の天井には、細かく飛天や菩薩、宝相華、幾何学文様が描かれている。
そのように言えば、実にきらびやかな世界が展開されているだろう、と聞こえてしまうかもしれない。
実際は剥落が激しく、残っている部分でも色あせているので、ぱっと見は木肌が晒され、梁などにカビが生えているようにしか感じられない。
なので俯瞰した時の、そのそっけない表情の裏にある歴史の重みには、なかなか気づく者はいない。

この内装画は、奈良時代の東大寺創建当時の内装画の様子を伝える非常に貴重な作例であり、重要文化財に指定されている。
色を復元してみると、やはり極彩色の世界。それをたどれる貴重なお宝なのが、さらに分かった。

八角堂内装飾画(重要文化財)

取材時は撮影のために足場を組み、息がかかるくらいの間近さで対面することができた。まず対峙すると、歴史の重みに正直びびった。
「腰が引ける」とは正にこういうことだ。
他の取材者たちは、ひょいひょいと足場を渡り作業を開始しているのを見ると、感じているのは私だけのようだ。
恐る恐るのぞいてみると、4辺が5センチほどの画面の中に、菩薩の清らかな表情が見えてきた。だんだんと焦点が合ってきた、という感じだ。
細部を見ると、何かが動いて見えた。幻覚を見ているのか?
と思って目をやると、剥落しかかった白い顔料が、お堂を渡るそよ風になびいていた。そこで初めてお堂にある深刻な危機に気がついた。

ここで疑問を持たれた方もいるかもしれない。
一度、お堂は「国宝」と紹介したのに、後では「重要文化財」と記述した。
これは、建築物としてのお堂が国宝で、絵画としての内装画が重要文化財、という意味で矛盾はしていない。

実は、ここが文化庁の縦割り構造が顕著で、なかなか難しいことになっていることが分かってきた。
国宝である建築物を保全管理する担当部署と、重要文化財の絵画を保全管理する担当部署は異なっていたのである。
まず予算は国宝である建築物に向かい、その次に重文の内装画へ、となるのは想像に難くない。
修繕の手が回っていない可能性がある。

当時の色彩をデジタル復元

約65年ほど前の白黒写真と、2006年取材当時の写真とを比べると、ほんのわずかだが画面が小さくなっている。剥落が進んでいる証拠だ。
気にしながらも、目の前に立ちはだかる事の重大さにそれこそ「びびる」。
腰が引けて、そして生きるための日常に追われて、15年もの月日が流れてしまった。
最近、五條市にお住いの知り合いの日本画家が、文化財保護の団体の代表になられた。ここらへんから動き始めようか。







  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。