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第21回 暑い美術

デジタル復元師 小林泰三

酷暑である。季節は秋だが最近は関係ない。
というよりも、それを聞くたびに、昔との隔たりに落胆を覚えるだけである。
子どもは特に気の毒だ。
息子たちは正に遊びたい盛りであるが、この酷暑とコロナのせいで外に出るのもままならない。
子供の本能を封じ込められ、ゲームの世界に没入させる理由が成立してしまう不条理さ。
衝動にかられて遊びに行っても、帰ったときの憔悴しきった様子を見るたび、どうにかしてやれないか悩む。

「南風」和田三造

自分たちが子どもの頃は、もちろんこんなに暑くなかった。
暑くても30度は超えず、超えた時はニュースになっていた記憶がある。
高校野球で地元の高校が優勝した時、その喜びのまま外に飛び出して、仲間たちと一緒にまた大声を上げて野球をする。
そして汗だくになり、公園の水道をがぶ飲みし、渡ってくる風に爽快感を味わった。そう、あの頃は暑くても爽快感があった。実際にも精神的にも。

和田三造の「南風」を見ると、確かに暑そうなのだが、その一方で私が子供の頃味わった爽快感がある。屈強な男性の左の親父は、涼しげな顔さえしている。
この絵はやはり温暖化前の絵なのである。


では、気温40度にこだわって、灼熱の暑さを優先して絵画を探してみると、オルセー美術館にギュスターヴ・ギヨメの「サハラ砂漠」があった。

「サハラ砂漠」ギュスターヴ・ギヨメ

もちろん、これほどまでに暑くはないが、心情的に共感できるのが怖い。炎天下でマスクをして歩いていると、行き倒れてそのまま白骨化してしまうのではないか、と思うほど、くらくらふらふらする。
と言いながらも、この絵画は、明らかに日本の風景ではない。
つまりは、こんな暑さで湿気もそこそこあるような絵画はないのである。
というか、私には思いつかない。アマゾンのジャングル?とも思ったが、あまりにも情景が違う。


「納涼図」久隅守景

夜になっても暑さはおさまらない。それでも時には換気のために冷房を止め、窓を開け放つ。さらに時には、入る風が生温いなりにも耐えられなくもない感じだったりすると、窓をしばらくそのままにして、蝉から秋の虫の音に変わったことを確認したりする。
そんな情景にしっくりくるのが久隅守景の「納涼図」だ。
親子三人が藤棚ならぬ夕顔棚の下で、まるで今のグランピングよろしく夕涼みを楽しんでいる。これは今見ても幸せを感じさせる理想の風景である。リラックスをこれほどまでに表現した絵画が他にあるだろうか。

この絵画を見て反省する。
確かに今は酷暑やコロナ、厳しい状況である。でも、あえてそればかりに気を取られて、本当はある小さな喜びも見逃していないか。
色々と環境が過酷だったとしても、どこか心の隅に、このようなリラックスした気持ちを忘れずにいたい。




  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。