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第2回 ド派手の衝撃

デジタル復元師 小林泰三

©小林美術科学

前回お話した創建当時の東大寺の毘盧遮那仏、いわゆる奈良の大仏は、黄金に光り輝いていた。まわりを固める四天王は、それに負けじと最高にド派手な色で構成される。
現在の大仏殿には、実は四天王のうち増長天と広目天しかいない。しかし創建当時はちゃんと持国天、増長天、広目天、多聞天がそろっていた。最初の大仏殿は、現在よりも左右に8メートルずつも幅広く、しっかりと空間をとって巨像が林立していたのだ。

四天王の彩色には「紺丹緑紫(こんたんりょくし)」という色のルールが基本にある。濃い青である「紺」は、オレンジ色に近い「丹」とペアにしましょう、「緑」は、濃いピンクに近い「紫」とペアにしましょう、というルール。つまり、コントラストが際立つ、補色関係の二色を組み合わせることを意味している。

例えば、花の模様を描くときに、花の中心が「紺」だったら、花びらは「丹」にする。ということは、花の中心が「緑」のときは、花びらは「紫」となるという具合だ。
また、「紺丹」のペアと「緑紫」のペアも対立させ、コントラストをさらに際立たせる。「紺丹」の花模様の場合は、背景は「緑紫」から選び、「緑紫」の花模様の場合、背景は「紺丹」から選ぶ。
以上は基本のルールで、絶対まもるというほど厳密ではないが、とにかくこのようにしてコントラストにコントラストを繰り返し、ド派手を拡張させていくのである。

「紺丹緑紫」のルールで彩色された四天王は、ド派手の極みとなる。
顔の色は持国天が青、増長天が赤、広目天が白、多聞天が黒、の「五行」の色のルールにのっとっているが、この話は、またの機会に。まるで今で言う中華街の門のような彩色だが、大陸からの色使いがそのままだったので、当然と言えば当然だろう。

金ぴかの大仏に、ド派手な四天王。自然の優しい色彩しか知らない当時の庶民にとって、どれだけの衝撃があったか。鮮烈な色になれている私たちには想像できないほどであっただろう。


小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。大学卒業時に学芸員の資格を取得。2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。