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第20回 偉大なる失敗

デジタル復元師 小林泰三

世の中どんどん失敗の痕跡を消しやすくなっている。
今は基本がデジタルの時代、間違ったらバックスペースで一文字ずつ、あるいは範囲を指定してデリートキーをたたけば、跡形もなく消える。コマンドZで、間違えた前に戻ることができる。まるで時間を戻すかのように。

数十年前まではそうはいかなかった。もちろん、鉛筆書きは消しゴムで消すことができる。
でも、跡形もなく、ということにはならない。失敗の跡、思考の跡、苦悩の跡が残る。
それを見返すと、その時の苦労や間違い、そこからくる恥ずかしさがよみがえる。感情が揺らめくのだ。

失敗の痕跡は成長の証でもある。
今にしてみれば簡単なのに、当時は何であれほど苦労したのか…、などと振り返ったりもする。
失敗に恥じて熱くなったり、あまりのことに寒くなったり、そんな心の悶絶をせず、きれいに消し去りやり過ごしてしまうことは、もしかしたら不幸なのかもしれない。
少なくとも、情操教育的にはマイナスなイメージがある。

まして、消しゴムもない時代、人々はどうしていたのだろう。
紙にしても今に比べたらかなり貴重だ。現代人なら、何十枚もコピーに失敗した経験は誰しもあるはず。
しかし当時はそんなことは、あってはならないことだったに違いない。

そこで、どうにかする、ということになる。
つまり、失敗したことは起こってしまったことにして、それを隠せるなら隠すし、隠せないならそれとして何とか体裁を整える。

赤楽茶碗 雪峯

注目したいのは、隠せない方である。それなりに繕った体裁は破調を生み、それが味わいとなる。
隠せないのを逆手にとって楽しんでしまうなんて、なんとも大らかな文化である。
ちょっと流行った「金継ぎ」はいい例だろう。
大切な器を壊してしまった時、漆で接着し、その上から金を塗ると、実に味わい深い器へと変身する。
本阿弥光悦の「赤楽茶碗 雪峯」には大胆な金継ぎがされており、重要文化財になっている。(図はイメージ)

もう一つ紹介したいのは、同じ本阿弥光悦の筆、そして挿絵は俵屋宗達という豪華コラボの「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」。
実際は銀が黒くなっているのを、輝く銀にデジタル復元した。こうすることで、鶴たちの舞う姿が軽くなった。

和歌を順番に書き連ねる途中、ある歌を二首も飛ばしてしまったことに気づいた光悦は、しれっと小さく抜けた空間に書き記した。で、重要文化財である。
では、このミスがなかったら国宝だったろうか。いや、そういうことはないだろう。

完璧であることが、時に作品をつまらなくしている時がある。
どこかゆるく、突っ込みどころのある作品には心を通わせる魅力があり、それは作品を貶めるどころか、反対に代えがたい価値を生み出しているのである。




  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。