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第18回 田んぼは美しい

デジタル復元師 小林泰三

田植えのあと
ため池
水を引く
冬の田んぼ

田んぼのそばで暮らしていると、むかし当たり前だったであろう一つ一つに、いちいち感動してしまう。
最近、富にその美しさに魅せられて、スマホで写真のメモを取る(「撮る」でもある)。

冬の田んぼは何もないと思ってはいけない。寒い朝の陽に照らされて、きらきらと霜の粒を反射させている。
これがなんとも情緒があって、見ていて楽しくなる。
「冬はつとめて」とはよく言ったもので、冬の早朝は色がないようでいて、雪をかきわけると春の芽が潜んでいるように、目をこらすとだんだんと小さな息吹が見えてくる。

そんな息をひそめた冬の田んぼは、ある日突然、水を引くところから急ににぎやかに活動を開始する。
水を引くことの喜びが、まるで春を迎えた喜びのようだ。そこから俄然、色が氾濫してくる。

しかし驚いたことに、これは近代になってからの風景なのだそうだ。
それまでの田んぼは、冬の間も水を引きっぱなしで、年中水をたたえた「湿田」だった、と言うのだ。
農耕機械メーカーのクボタのサイトで、白黒の写真付きで言っているのだから、まず間違いはないだろう。

となると、今伝わっている様々な四季農耕図は、ちょっと意味合いが変わってくるかもしれない。
田植えのシーズン、人々は、張ってある水が本当に「ぬるむ春」を待ちに待って、肌で頃合いを感じながら、ここぞ、と田植えを始めたのではないだろうか。

近所をふらついていると、裏の神社の後ろにため池がある。
それを横目に坂を下っていくと、目の前に田んぼが広がっていた。
ああ、そういうことか、と心で膝をたたく。上のため池から水を流し、下の田んぼに引くのだ。
当たり前ではないか、と笑わないでほしい。
ちゃんと目で高低差を感じ、ちゃんとつくられていることに感動するのだ。
昔の人たちの、生きることへの生真面目さに感動するのだ。
そうして水を張り、田植えを行う。
田植えの終わった田んぼの美しいこと。自然と人工物の揺らぎが、心をとらえる。

この写真を見て、「(日本画家の)徳岡神泉みたいだ」と言われた。確かに。
やはり、芸術家の心も動かす独特な風景がここにある。

いつも日本美術を掲載するこの「色めきばなし」、本来なら、ここで徳岡神泉の作品を掲載するところだが、まだ著作権があるようで断念した。
ではせめて、東京国立博物館所蔵の「月次風俗図屏風」の田植えの風景でも掲載したい、と思うのだが、著作権が切れているのに、これもダメそうな雰囲気である。

数回前に紹介したが、メトロポリタン美術館やシカゴ美術館との姿勢の違いは、「美術品が誰のものであるか」という考え方が根本的に違っていることに由来しているのかもしれない。待つしかない。

話が逸れてしまった。美しい田んぼに罪はない。
夏から秋の収穫の話はまたいつか、いい写真が撮れたらしてみようと思う。




  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。