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第17回 もとから揺らいでいるもの

デジタル復元師 小林泰三

©小林美術科学

前回、疫病に関する美術品と発見などをお話ししたが、今はどのメディアのどの記事を見てもその話題ばかり。
なので、今回はちょっと楽な気分で関係のないお話をしてみたい。

私の楽しみの一つは、ほんの時たま「万葉集」を読むことである。1週間に10歌くらいか。
これが根を詰めて勉強のために読むのはいけない。
とたんに楽しむ気分が損なわれる。
ちょっと楽しい気分になって20も読んでしまうと、もちろん分からない言葉がたくさん出てきて、それを理解し、分かってからもう一度読んでいくうちに、だんだんと歌を楽しむ気分から知識を蓄える別の意識が強まってしまうのだ。知識を蓄えるのもそれはそれで楽しい。
けれども、その数が増えてしまうと、歌に感じる楽しさが別のものになり、一つ一つ感じた楽しさの度合いが薄まってしまう。なので、いたく面白いと思ったときは、読み始めた一番目でも満足して止めてしまうときがある。

 秋風の寒き朝明を佐農の岡越ゆらむ君に衣を貸さましを  山部赤人
 (秋風の寒い朝早く、佐農の岡を越えていくあなたに、着物をお貸ししたいものを)

何気ない、よくある歌である。これが女性の歌であったらそのまま通り過ぎていた。
旅に出ている夫に対して、寒かろう心細かろうと心配する妻だったら、なんの違和感もない。
しかし作者は有名な山部赤人である。つまり、自分が体感した旅の空の寂しさを、妻の立場を想像しながら歌を詠みつつ、それをまた自分の寂寥として噛み締めているのだ。

すでに奈良時代からこのような複雑な心の持ちよう、表現の仕方があったことに驚く。
「男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり」という有名な一文は、紀貫之の「土佐日記」。
これが承平5(934)年とされるから、それより200年も前にこのような「女性なりすまし文化」が成立していたのだ。

これを昔の変わった文化として距離感を感じてはいけない。
私たちもけっこう「女性なりすまし文化」を楽しんでいるのだ。
《いいえ、わたしはさそり座のおんな》なんて、その典型だろう。
そんな昭和でなくても、福山雅治は女性の言葉で歌をよく作っている。
それを女々しいと思うことなく、私たちは感動して聞いているのだ。

世界と比較したことがないので特殊かどうかは分からないが、この「女性なりすまし文化」がずっとこのように日本に深く浸透して定着しているのは実に面白い。
最近はLGBT(性的マイノリティ)というワードで、性というものは非常に揺らいでいるもの、と新しく認識されてきているが、日本文化には「もともと揺らいでいるもの」という感覚があるように私は感じている。
揺らぎを受け入れる姿勢は季節や月や人生などすべてが移ろいゆくもの、と感じていた人々の心情と結びついているに違いない。

「女性なりすまし文化」の典型、歌舞伎の役者絵を復元したことがある。
この「三代佐野川市松の不破伴左衛門妻関の戸」は、現代に一点もオリジナルが伝わっていない。
白黒の印刷物でしか確認されておらず、しかもピンボケの状態だった。
描かれているのは三代目の佐野川市松。
有名な大首絵「祇園町の白人おなよ」と同じなので、そのシルエットなどをトレースし、色のバランスを見ながら全体を整えたのち、私の絵をもとに彫師、摺師に依頼して実際の浮世絵として完全に復元した。




  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。