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第14回 あこがれのモネ

デジタル復元師 小林泰三

Soleil couchant sur la Seine a Lavacourt, effet d’hiver 
Claude Monet /Paris Musees
Houses of Parliament, London 1900/01
Claude Monet /Chicago Museum

デジタル復元した日本美術を触って楽しむ「賞道」で、ときどき口にする言葉がある。
「日本人なのに日本美術より西洋美術の方が詳しい」
日本美術の楽しさがまったく伝わっていない実情から、皮肉を込めてそんなことを言っているのだが、実は私ももともとは同じであった。

私の大学の卒論は、印象派の画家モネについてであった。
美学美術史を専攻していた大学生の頃、将来自分が文章を書く仕事もすることになるとは想像だにしなかった。
まだ長文を書くのが苦手だった。
卒論を前にして、書いたこともない原稿数十枚を文字で埋めなければならない。
しかも、ちゃんと理論として筋が通ってなければならない。
当時はもしかしたら大学院も行くかもしれないと思っていたので、手を抜けないと考えていた。
となると、本当に好きな画家をテーマにしてのりきるしかない、とモネを選んだのだ。

色がきれいなモネの絵を見ていると、今でも気分が上がる。それは印象派の好きな日本人共通の感想だろう。
まぶしいほどに明るくてきれいで、それこそ気持ちが晴れてくる。
もちろん、ただきれいなだけでは、これほど好きにはならない。
ルノワールではなくモネを選んだのは、その色彩をキャンバスに留めんとする冷徹なまでの視線に興味があったからで、モネが陰影は褐色ではないことを知り、だんだんとパレットから陰影を表現するための黒の絵具がなくなっていく過程はスリリングでさえあった。
しかし、モネの色が好き、という気持ちが一番なのは変わりない。

ごく最近の話だが、パリの美術館に所蔵される美術品や資料十万点が、ウェブで検索して、勝手に好きなように使っていい、というニュースが流れた。もちろん、商売に使ってもいい。
そこで早速モネを検索してみたら、数点が検索されたが、私の好きな色がキャンバスから氾濫するかのような作品は、直ぐには見つからなかった。
ルーブル美術館は参加してないというし、オルセー美術館の作品も見つからない。
となると、まだまだ金目のものの公開は、先のことなのかもしれない。
それでもこの動きはもう止まらずに、拡大するはずである。すごい時代になったものだ。

メトロポリタン美術館はずいぶん前から、「学術的な使用に限り」との条件付きで無料のダウンロードと使用を認めているし、シカゴ美術館は完全に美術品の画像データをサイトからダウンロードし、その利用を認めている。
私が今、大学生だとして、モネの色彩を論文にまとめるとしたら、これを利用しないはずはない。
当時は大きな図版を写真で複写し、色の再現性もままならない環境の中で、モネの色を探り出す……なんて、無茶をしていた。
でも、そこで一つのものを徹底的にやり通す忍耐力を身につけた。
さらには色が定まらない中でも導き出せる真実はある、ということに気がついた。
この姿勢は、デジタル復元をしている今も、「とにかく根拠が曖昧なところがあっても、最後まで復元してしまう」という、私の基本姿勢になっている。



  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。