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第10回 大陸から来た酔っ払い

デジタル復元師 小林泰三

伎楽面
伎楽面(復元前)

奈良時代は、大陸から矢継ぎ早に入ってくる文化をそのまま学んで、当時の人々は東大寺のように形にして、あるいは正倉院の御物のように保存して現代にその様子を伝えてくれている。
島国で海外からの侵略が多くなかったという理由もあると思うが、大陸由来の文化が世界に稀にみるほどの高品質で伝わっているため、大陸の人々が今、自国の文化を確かめるために日本を訪れているというのも、よく耳にする話である。

伎楽舞

しかし、私たちが体験できる文化は、時代を超えて存在できる形あるものが中心で、形ないものの伝承は、非常に難しい。

飛鳥時代、大陸伝来の舞踊「伎楽」の「伎楽面」という面が、結構な数、現代に伝えられている。
その数からすると、その面を使って踊った「伎楽」は、当時は相当な人気を博し、数多くの場所で演じられていたと想像されるが、実は「伎楽」そのものは、現代に伝わっていない。
もちろん、「伎楽」と名付けられた演舞は、時々上演されることもある。
しかし、それは廃れた後に当時のことを想像、推測しながらそれらしく創作しているものである。

天理大学附属天理参考館にある「伎楽面」を復元したことがある。
その伎楽面は鼻とあごの部分が大きく欠損し、色も灰色に退色してしまっていた。
江戸時代に書かれた、この伎楽面についての史料が残っていて、「酔胡従(すいこじゅう)」であることがわかった。
「酔」は酔っ払い、「胡」はペルシャあたりの地域、「従」は王様の家臣を意味する。
つまりは「ペルシャの酔っ払った家臣」である。

まずは立体スキャナーでこの痛々しい状態の伎楽面を3Dデータ化し、コンピューターの中でなくなった鼻とあごを補正(もちろん有識者の意見を聞きながら)、色を着けて3Dプリンターで出力した。
簡単に「色を着けて」と表現してしまったが、実は実物にごくわずか、真っ赤な塗料のあとが残っていて、全体が真っ赤だったことが分かったのだ。
相当、ひどく酒に酔っているということが分かる。
デジタル復元の面白さは、例えそれが立体であれ、複製が簡単であるということだろう。
実際この伎楽面は二面出力された。

面といっても、能面のように顔に当てるような感じではなく、上からすっぽりとヘルメットのように被る形になっており、被った印象は、視界が狭く、息苦しい。
このような状態で激しく舞踊していたとしたら、それこそ陶酔し、神と交信したような心境になるかもしれない。
ワークショップに参加した人たちにも被ってもらい、酔っ払った演技をしてもらうと、自然と笑いと拍手が巻き起こった。
そのとき「形ないものの伝承」が一瞬だけ成功したのかもしれない。



  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。