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第63回 峠の角打ち

フォトライター 八木洋行

「角打ち」とは、『日本国語大辞典』によれば「酒を升にはいったまま飲むこと」「酒屋の店内で立ち飲みすることの意味もある」とある。ようするに酒屋の一角で、買った酒をそのままきゅーっと一杯ひっかけることである。
語源は、店の一角で飲むことから「角打ち」という説と、升の角に口を当ててきゅーっと飲む姿からだという説があるようだ。

コロナ疲れで5月晴れの午後、藤枝市の山間部へと続く瀬戸ノ谷街道を自動車でドライブし、20分ほどで「峠」と呼ぶわずか11軒の小さな集落に至る。瀬戸川が急カーブする険阻(けんそ)なところで、江戸時代以来の徒歩の山道、「山車(やまぐるま)」と呼ぶ幅の狭い人が曳く荷車道、そしてトラックが通行できる現在の車道と3本が現存する場所で、藤枝と川根に通じる瀬戸ノ谷街道の変遷が実感できる貴重な場所になっている。

藤枝市史編纂に参加したわたしは、この道を何度も往復した。
その度に、ここ峠に車を止め、この街道で一番気に入っている風景、つり橋と渡辺酒店、それに公民館と火の見櫓を取り合わせた瀬戸ノ谷街道を撮影した。旧街道の一番上からだと、広角レンズでやっとその欲張りな風景が収まる。

その風景の一部になっている「渡辺酒店」にも何度か立ち寄った。
昭和11年頃、先代が本家から分家して街道沿いに店を出した。
当時は馬が荷車を曳く馬力と、材木を積むトラックが店の前を往来し、お茶時には「才取(さいとり)」と呼ぶ、山間の茶園と町の製茶工場を取り結ぶ男たちもオートバイで繁く往来。ときに馬力曳きや才取衆が立ち寄ったという。
瀬戸ノ谷街道を往来する男たちが一息入れるのに、ちょうどいい店だったのだ。
わたしが立ち寄った頃は、2代目しげ子女将が作るマグロとカツオの大きな切り身を醤油に漬けた「ズケ」が人気だった。

久々立ち寄ってみた。
女将は元気で、「ホイロあげ」という一番茶の終いの祝いに用いる酒を2本祝い結びしていた。
「今年はコロナでさあ、ホイロあげの宴会もほとんど無くてえー」と元気がない。

飲酒運転禁止で茶畑から直接軽トラで乗り付けた男たちも今はいない。そこへきてコロナだ。
瀬戸ノ谷街道最後の角打ちは絶滅するのだろうか?

渡辺商店

住 所:藤枝市瀬戸ノ谷6595-23
電 話:054-631-2403