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526. リンゴを丸ごとバウムクーヘンの生地で包み陶磁器と見間違う

©菓匠はりまや

栃木県矢板市は、リンゴの名産地として近年急速に名を馳せる。その矢板に「アップルクーヘン」と呼ぶ洋菓子がある。店は「はりまや」さん。まさか、あの歌舞伎の「播磨屋」となにか関係がありやと訪ねると、驚いた。 

店の創業者宮本岩吉(慶応3年生まれ)は、播磨屋播蔵の芸名で活躍した歌舞伎役者だった。岩吉は若くして歌舞伎役者にあこがれ、東京に出て中村一座「播磨屋」に弟子入り。そして明治18年、中村一座はこの地方に巡業。その巡業中に岩吉、土地の娘と結ばれて矢板で世帯を持つことになる。ところが岩吉、すぐに矢板で「播磨屋一座」を起こし、北関東をはじめ会津地方を巡業。ある年、日光の旅館のこけら落としに招かれた中村一座の座元は、「義経千本桜」の狐忠信を演じる岩吉を観て、狐に扮する忠信の幻のような雰囲気と、軽業師のような荒事を絡めた演技にたいそう感じ入り、「播磨屋播蔵」の芸名を与えたという。

当時の歌舞伎役者がそうであったように、岩吉は歌舞伎役者のかたわら、饅頭を作り売るという生業だった。そして時代は移り、宇都宮の松金で和洋菓子を修業した3代目金作が、結婚式の引き出物に製造していたバウムクーヘンに、矢板の名産リンゴを取り合わせることを思いつく。試行錯誤して昭和62年、とうとう「アップルクーヘン」が生まれた。

4代目福徳さん(昭和38年生まれ)は、「リンゴは11月中旬から収穫されるフジを使い、皮を剥いたらシロップに浸け、棒に6個通して固定し、バウムクーヘンの生地をかけながら1時間弱かけて14層の木目に焼くのだ」という。

バウムクーヘンが初めて日本に入ってきたのは大正8年3月4日、広島県物産陳列館(原爆ドーム)で開催された、ドイツ作品展示即売会での販売が最初だった。バウムはドイツ語で「木」、クーヘンは「ケーキ」。年輪のような木目が、日本では長寿や繁栄を意味する縁起物として、慶事の贈答品に好まれ広がった。アップルクーヘンは陶磁器のような美しさがある。

菓匠はりまや
栃木県矢板市本町10-13

文・写真(建物外観) 八木洋行