topics トピックスTOPICS

532. すべて職人の手づくり 栃木の方言を菓子にした「団餅」

豊臣秀吉の小田原攻めの時、栃木を治めていた皆川氏は、北条方に付き負け組となる。
だが、徳川家康のとりなしで所領を安堵され、栃木城を築城。
ところが慶長14年、皆川氏は改易され、栃木城も取り壊しとなる。

栃木市は、明治になると栃木県の県庁所在地となる。
しかし、ときの県令が自由民権運動の拠点になっていた栃木市を嫌い、県庁を宇都宮市に移してしまった。

この二つの大きな苦い歴史を刻む栃木市だが、江戸時代には舟運で栄え、街中を流れる巴波川(うずまがわ)
沿いの河岸に並ぶ蔵の景観がその繁栄ぶりを伝えている。

「そうだんべ」という栃木の方言をかぶせた菓子〈団餅〉は、その河岸近くにある明治25年創業の老舗
山本総本店の銘菓としてつとに有名。
つぶ餡を薄い小麦粉生地で包む、直径6.5センチ、厚み1.3センチの丸い餅菓子だ。
昭和50年に2代目今井一(はじめ)さん(大正4年生まれ)が創案した。

〈団餅〉は当初、2枚の皮で餡を挟み、周りをロウ紙の帯で巻く、手間のかかる菓子だった。
一時、製造をストップしていたが、約30年振りに復活した。
現在もすべて手づくりなのに、どれも寸分も違わずにつくられている。

4代目社長今井悦子さん(昭和32年生まれ)は、「すべて工場長滝本喜一の仕事です」という。
さっそく仕事場を見せていただき滝本さん(昭和12年生まれ)に会う。

「昭和27年に15才で入社です。今年で66年目。
山本屋は機械を入れなかった、だから職人が育った。
最初はこれで、生地を焼いたですよ」
と、長方形の銅板には丸い焼き跡が並んでいた。
現在は生地をのして焼き、丸い型で抜くのだという。

「この〈団餅〉の生地ですが、まず砂糖と卵を30~40分、静かに、静かにすり合わせる。
これが大事なんです。
これにイスパタ(炭酸)を加えて薄力粉を、ふわっと混ぜて……のす」
それから200度寸前でじっくり焼くのだという。
極秘情報を開示してもいいのだろうかと聞くと、
「職人は、手に繰り返し覚えさせた感覚で、同じものを正確につくることが大事。
それと、同じようにつくっていても、職人のセンスというか美意識が出る。
そういうところが手づくりの味でもあり、何をどう混ぜるなどは秘密の内では無いね」

うーん、66年のキャリアの自信だ。

 

山本総本店 
栃木県栃木市倭町7-13

文・写真 八木洋行