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547 黒五の黒きんつば

©菓子舗 間瀬

伊豆半島の付け根、熱海市網代の港に近い古い町並みは、コロナ禍もあるのだろうが、ひっそりとして静かだ。
その町並みの一角に、白壁の古風な店構えの菓子舗間瀬があった。
ここには、漢方の「黒五」の妙薬に基づく「黒きんつば」という銘菓がある。

「黒五」とは黒米(消化不良の栄養補助)、黒ごま(胃腸を整え、老化防止、強壮作用がある)、黒豆(めまいや耳鳴り、風邪予防、心臓に良い)、黒松の実(強壮、長寿、美肌効果)、黒かりん(疲労回復効果)の五種類で、四千年前の中国の漢方医学書ですでにその効能が記され、「仙人食」でもあったという。

「黒きんつば」は、「黒五」を粉末にして入れた薄皮で四角く包む。
割ると大粒のつやつやふっくら小豆がびっしり顔を出す。
通販担当の沢口いく子さんによると、伊豆大島の天然塩を使い、おさえた甘味の小豆餡に、ほんのり塩味を効かせているという。
この塩味が味の輪郭を引き締めているようだ。

「黒きんつば」を創案したのは、4代目の間瀬悦基。
4代目は戦時中に中断した店を再開させ、「伊豆の踊子」という川端康成の名作にちなむ焼菓子を生み出し看板菓子に育て上げた。
川端康成がノーベル文学賞を受賞すると、「伊豆の踊子」も売れに売れたという。
伊豆の有名ホテルの売店に置かれているから、賞味されている方もあるだろう。
ミルク風味の皮と、ほっこりとした白餡とが口の中で溶けあう。
天城峠を越えた二人の淡い恋心の味わい、といったら想像が過ぎるだろうか。

菓子舗間瀬は明治5年(1872)創業。
明治22年に東海道線が開通するまでは、海の東海道による上方と東京を結ぶ航路が最も早い交通手段だった。
網代は伊豆半島の東海岸線では下田、富戸に並ぶ風待ち港で、江戸時代には上方と江戸を往来する千石船と呼ばれた弁財船が寄港した。
地元の漁師によれば、明治になって機械動力船が登場しても、「ナライ」と呼ぶ東よりの風が大島沖で吹き始めたら、初島の島陰にもなる網代港に逃げ込んだのだという。
ナライは雨と荒波を持ってくる。今でもナライの風に船を出す漁師はいない。
そういうことだろうか、網代の海に近い民家はみな、東南に背を向けている。

現在、5代目の間瀬眞行さん(昭和25生まれ)が、全国銘産菓子工業協同組合に加盟する誇りをもって、先代の育て上げた菓子を活かしながら、伊豆の歴史と風土に基づく新たな菓子を模索している。









菓子舗 間瀬 
熱海市網代400-1

文・写真 八木洋行