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540. 東北で最初にパンを広めた老舗の銘菓

出羽三山の一つ羽黒山は、蘇我馬子に追われて出羽に逃れた蜂子皇子(はちこのおうじ・能除太子)が八咫烏に導かれて羽黒山に登り修行。やがて羽黒権現を感得し霊山として開く。

山頂の羽黒神社前(旧寂光寺金堂)にある鏡池からは、平安時代から江戸時代までの古鏡が数百面も出土している。
鏡を池に投げ入れて祈念したのだ。鏡は自分の姿と魂を映す。自分の姿を鏡に映して修験者に託し、鏡池に奉じたのだという。

羽黒山の登り口、随神門から一の坂、二の坂、三の坂と2446段の石段を登り切ったところに鏡池がある。
その鏡池に鏡を放ち新たな自分を再生するわけだ。
鏡池に託された鏡を奉じた証に、山頂の羽黒神社のお札を届けたという。 

出羽三山歴史博物館に展示される古鏡はみな掌に乗るもので、個人が日常的に使っていたものだとわかる。
この古鏡を題材に、明治20年(1887)創業という鶴岡市の木村屋が〈古鏡〉という菓子を作っている。

木村屋の初代吉野民吉は、銀座木村屋で修業、暖簾分けされて山形県で初めてパン屋を鶴岡に開業した。
4代目吉野隆一(昭和29年生まれ)さんによれば、〈古鏡〉は60年前に2代目英三郎と3代目勲が創案して生まれたのだという。
直径7センチ、厚さ1.4センチの〈古鏡〉は、つぶ餡の羊羹を丸い枠に流し、半分流し込んだところで求肥餅を入れる。
さらに羊羹生地を流して風乾し、表面を薄氷状に仕上げたら枠から抜き、砂糖をまぶして1日置いて完成。

明治8年4月4日、明治天皇が花見のために向島の水戸藩下屋敷に行幸された際、山岡鉄舟を介して献上された木村屋の酒種桜あんぱんがことのほか好評だった。
そこで、明治政府は洋風文化を進めるためにパン食を普及する策に出た。
木村屋はそのために、全国行脚に出たのだという。民吉もその一人であった。

民吉は埼玉県狭山の出身という。
それが、パン食の普及のため東北行脚していたら鶴岡に陸軍の基地ができると聞き、その陸軍がパン食を奨励すると見込んで鶴岡に木村屋分店を出した。
ところがこれが見事に外れた。陸軍が来なかったのだ。
しかし、酒種あんぱんが受けて、ここ鶴岡に腰を据えたという歴史がある。

つるおか菓子処 木村屋 
鶴岡市山王町9-25

文・写真 八木洋行