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537. 日本三大まんじゅう 柏屋「薄皮饅頭」

郡山駅に着いてすぐ柏屋さんへ電話して、駅から5分の本店へ向かった。
何十年か前にも佐野事務局長と同じ道を歩いた。あの日も小雨が降っていた。
すると、専務の本名創さんとマーケテング部長の管野伸夫さんが、傘をささないまま私を迎えるべく店の前に立っていた。感激だ。

嘉永5年(1852)創業という柏屋の〈薄皮饅頭〉は明治21年、上野―郡山間の東北線開通でいち早く駅売りを開始。郡山の薄皮饅頭は徐々に鉄路に沿ってその名を遠くまで知られるようになった。

柏屋の当主は代々本名善兵衛を名乗る。
3代目本名善兵衛(明治33年生まれ)は、敗戦後、納得のいく材料が手に入るのをじっと耐え、薄皮饅頭の販売を再開したのは昭和23年の暮れからだった。
そして昭和28年、「旅は磐梯、みやげは薄皮」のキャッチフレーズで一気に販路を広げた。

4代目本名善兵衛(昭和6年生まれ)は、まごころを包むという創業以来の家訓をもとに、職人の技術と感性に支えられる薄皮饅頭を、より多くのお客に届けたいという一念で、薄皮饅頭の製造をなんとか機械化できないかと、自動饅頭製造機の開発を掲げる。
すると、レオン自動機社長林虎彦の独創性と出合い、昭和38年に世界最初の自動包餡機が完成した。  

だが、「まだ手づくりよりうまい薄皮ができていない。これではお客さまに申し訳ない」と、3代目は首をタテに振らなかった。ようやく3代目の許可が下りたのは翌年11月、そして製造ラインが完成したのは昭和41年。
自動饅頭製造機の開発を掲げてから8年の歳月を経ていた。

ラインから1分間に450個の饅頭が出てくる。これで成形部門の効率は一挙に6倍になった。
6代目を襲名するはずの本名創さん(昭和55年生まれ)によれば、「現在は1日に最大15万個を製造しており、餡は5万トン以上」という。驚く。

本店の店前では、毎日職人さんが薄皮饅頭の手づくりを公開している。
「薄皮饅頭は、職人の技術と感性で、まごころを包む」という創業以来の社訓を忘れてはならないという姿勢をここに見た。


柏屋 
本店 郡山市中町11-8

文 八木洋行
写真 柏屋提供