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第11回 私の色の師匠

デジタル復元師 小林泰三

花下遊楽図屏風

今回は、いつもと少し違うお話になることを、どうかご容赦ただきたい。

京都の染色家・吉岡幸雄さんが9月30日、突然亡くなった。
岐阜で倒れられ春日井市の病院で心筋梗塞のためそのまま……というから、本当に突然、ということだったに違いない。
73歳での逝去は、まだまだ活躍も後進の指導もできることも考えると、あまりにも残念な訃報だった。

私が初めて吉岡さんにお会いしたのは、20年くらい前、NHKで放送していた「国宝探訪」という番組だった。
題材は「花下遊楽図屏風」。(去年、体文協の方々に京都をご案内した時にお話ししたあの屏風)。
私が各専門家を訪ねて関東大震災で無くなってしまった部分をデジタル復元するという内容で、その専門家のひとりが吉岡さんだった。

醍醐の花見を表しているとされる屏風絵には、失われた部分にばっちりと淀殿らしき貴婦人が描かれている。
その見事な刺繍が施された打掛は、失われる前に記録されたスケッチによって「赤」であることがわかった。
ではどんな赤だったのか。それを知るために、吉岡さんの工房を訪ねて行ったのだ。

赤の原料は紅花。まっさらな布地を紅花の色素を抽出した液に丁寧に浸していく。
この紅花の液体が、思いのほか薄い。とても1回や2回では真紅にならない。
何十回も浸しては晒し、浸しては晒して、だんだんとあの真紅を作り出しているのだ。
その時の吉岡さんは、とにかくエネルギッシュだった。
今からしてみると、正に働き盛り、という印象がある。
「赤は、目にもびっくりするくらいの、鮮烈な赤」と断言する言葉には、自信がみなぎっていた。
それは自分のしてきた仕事の誇りと、成し遂げた功績に裏付けられた力強い声音だった。

吉岡さんの色見本帳

その一方で職人らしからぬ洒脱さと、軽妙な語り口、そのサービス精神には、びっくりしてそして魅了された。
「鮮烈な」という言葉は、そう容易く出てくる言葉ではない。
それもそのはず、吉岡さんは五代目をすぐに受け継いだわけでなく、以前は出版物の編集長だったという経歴を持つ。
私はそこに特に惹かれた。
そして、すぐに10万もする吉岡さんの色見本帳を購入して、今も本物の色を知るための参考にしている。

色を探求するという意味では、私も同じである。
しかし、私はデジタルでやっているので、どこか軽いというか、ボタンひとつでなんでもできてしまう(実際はそうではないのだが)ような印象を持たれてしまうので、職人に対して負い目を感じていたのだ。
そんな時に吉岡さんに出会い、自分の成し遂げたことを、ご自身の言葉で魅力的に伝えている姿に感動し、何か、私も伝えることを工夫すれば、デジタルでも感動してもらえるのではないか、と思い立ったのである。

そして、今、デジタル復元で元の姿に戻った国宝たちを触って感じてもう「賞道」で、全国を走り回る毎日である。
ここまで来たきっかけを作って下さった吉岡さんには、感謝の言葉しかない。



  小林泰三・こばやしたいぞう

1966年、東京生まれ。
大学卒業時に学芸員の資格を取得。
2004年小林美術科学を設立し、本格的にデジタル復元の活動を開始。
著作に「誤解だらけの日本美術」(光文社新書)など。